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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】

母もまたそのまた母、つまり祖母からこの唄を教えられたという。絢は特に教えられたわけではなかったけれど、毎夜、母が添い寝しながら聞かせてくれたのをいつしかすっかり憶えてしまった。
 泉の傍に澄んだ歌声が響き、風に乗って運ばれてゆく。群れ咲く白い椿までが恍惚として絢の唄に聞き入っているようにさえ見えた。その時。
 どこかで馬のいななきが聞こえたような気がして、絢は我に返った。ふと背後を振り返った刹那、馬に乗った若い男と視線が合う。
馬はなかなか見られないほどの見事な駿馬であった。艶々とした白い毛も美しい逞しい馬である。その馬に颯爽と跨るのは年の頃は二十五、六の青年であった。長身でいかにも武士(もののふ)らしい精悍な風貌を持ちながら、粗野な荒々しい印象はなく、むしろ貴公子然とした雰囲気を漂わせている。太吉もそこそこの男ぶりではあったが、この若い男は絢が見たこともないほどの美男であった。
 だが、絢はひとめでその男を嫌いになった。男の眼―、絢をじいっと馬上から見下ろす双眸には酷薄な光が宿っていたのである。その若さにも拘わらず、男は既に何ものにも靡くことのない、すべてを威圧するような圧倒的な存在感があった。もし人を視線だけで殺すことができるというのであれば、まさにこのような鋭い視線こそを言うのであろう。そう思えるような冷たい瞳であった。

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