
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第3章 【邂逅―めぐり逢いの悲劇―】
絢はハッとした。男の射抜くような視線は、絢の両脚にひたと注がれている。惜しげもなく露わになった白いふくらはぎを舐め回すような不躾なまなざしに、絢はたまらない恐怖と嫌悪感を感じた。
「娘、名を何という」
男が低い声で問うた。何という威厳に満ちた、深い声だろう。その風貌にふさわしい、耳を傾ける者を知らぬ中に従わせずにはおれぬような声である。
「―」
絢は口を動かそうとしたが、唇が震えて言葉を紡ぐことができなかった。いや、震えているのは唇だけではない。身体中がまるで瘧(おこり)にかかったように小刻みに震えていた。
眼の前の男が怖かった。凍てつくようなまなざしで自分を見下ろす男がたまらなく怖かった。
「あ―」
絢は応えようとしたけれど、うまく言葉にならない。男がニヤリと口の端を歪めた。それは見る者の心まで凍らせるような冷たい笑いだった。
「気に入った」
ただひと言だけ呟くと、男がひらりと馬を下りた。男が近付いてくる。絢は無意識の中に立ち上がっていた。濡れて冷え切った脚を温めることさえ忘れ果て、絢はわずかに後ずさる。だが、男は次第に近付いてきて、絢と男の間の距離はじりじりと狭まっていた。今の自分はまるで心ない猟師にすんでのところで捕らえられようとしている獲物のようだ、絢はそんなことを考えた。
「近付かないで」
ありったけの勇気をかき集めて、やっと口にした言葉だったのに、男は更に皮肉げに口許を歪める。それは、お前の抵抗など何にもならないと嘲笑されているようでもあった。
「生憎と私は一度狙いを定めた獲物は逃さぬ主義でな」
「娘、名を何という」
男が低い声で問うた。何という威厳に満ちた、深い声だろう。その風貌にふさわしい、耳を傾ける者を知らぬ中に従わせずにはおれぬような声である。
「―」
絢は口を動かそうとしたが、唇が震えて言葉を紡ぐことができなかった。いや、震えているのは唇だけではない。身体中がまるで瘧(おこり)にかかったように小刻みに震えていた。
眼の前の男が怖かった。凍てつくようなまなざしで自分を見下ろす男がたまらなく怖かった。
「あ―」
絢は応えようとしたけれど、うまく言葉にならない。男がニヤリと口の端を歪めた。それは見る者の心まで凍らせるような冷たい笑いだった。
「気に入った」
ただひと言だけ呟くと、男がひらりと馬を下りた。男が近付いてくる。絢は無意識の中に立ち上がっていた。濡れて冷え切った脚を温めることさえ忘れ果て、絢はわずかに後ずさる。だが、男は次第に近付いてきて、絢と男の間の距離はじりじりと狭まっていた。今の自分はまるで心ない猟師にすんでのところで捕らえられようとしている獲物のようだ、絢はそんなことを考えた。
「近付かないで」
ありったけの勇気をかき集めて、やっと口にした言葉だったのに、男は更に皮肉げに口許を歪める。それは、お前の抵抗など何にもならないと嘲笑されているようでもあった。
「生憎と私は一度狙いを定めた獲物は逃さぬ主義でな」
