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花鬼(はなおに)~風の墓標~

第8章 【浮寝鳥(うきねどり)】

 熊には玄武の国に残してきた弟妹がいる。この童女を見て、真っ先に思い浮かんだのが妹たちであった。二年も逢わぬ間にさぞ大きくなったであろう。だが、人質として甲斐に遣わされた熊が妹たちに次に逢えるのがいつか、否、生きて再びあいまみえることが叶うのかさえ判らない。そう思うと、今更ながらに心が痛んだ。
「これは勝千代君」
 熊の後ろに控えていた大井の方付きの侍女がその場に跪いた。少女がふっと立ち止まり、熊を見つめる。
「勝千代―君?」
 熊は呟き、眼を瞠った。
 眼前の少女はどう見ても女の子にしか見えないけれど、勝千代という名が彼女の名前とは思えない。着ている小袖の豪奢なこと、侍女が畏まっているところを見れば、信虎の姫の中の一人であることは熊にも判る。
 何より、この少女には何ものも犯しがたい気品のようなものがあった。夜空を冴え冴えと照らす月光のような―子どもながらに既に艶やかさを感じる美少女だった。
「この若君さまはお屋形さまのご嫡子勝千代君におわしまする」
 年若い侍女の言葉にはどこか誇らしげな響きがある。が、熊を先導していた年輩の老女(武家の奧向きを取り締まる侍女頭)が振り向き、即座に若い侍女をたしなめた。
「要らざることを申すでない」

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