
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第9章 夜明け―永遠へ―
両隣にも靖政に仕える足軽小者たちやその家族が住んでいるはずだが、夜更けのこととて、皆寝静まっており、辺りは森閑と静まり返っている。熊の戸を叩く音だけが夜の淡い闇を這い、やけに大きく耳に響くような気がした。
細い月が長屋の前の狭い路地を照らし出している。熊が動く度に、地面に落ちた影も頼りなげに揺れた。
それでも、既に朝が近いことを示すかのように、東の空の端がかすかに色が薄くなり始めている。
「誰だ?」
誰何する声が聞こえ、ほどなく内側から障子戸が細く開いた。半月間逢わなかっただけなのに、もう随分と長く顔を見なかったような気がする。
伝次郎の顔を見た途端、やはり自分の逢いたかったのはこの男なのだと実感した。
「熊さま」
熊を見た伝次郎の眼が大きく見開かれた。ただでさえ大きな特徴のある眼が愕きに余計目立っている。
伝次郎の顔を様々な表情がよぎってゆく。熊は、そんな彼をじっと見つめていた。驚愕、躊躇い、葛藤―、あらゆる感情の波が一挙に押し寄せた後、徐々に引いてゆくのを、熊は辛抱強く見守っていた。
「私と一緒に来て」
熊は真っすぐに伝次郎を見つめた。わずかの静寂が永遠のようにも思える。
細い月が長屋の前の狭い路地を照らし出している。熊が動く度に、地面に落ちた影も頼りなげに揺れた。
それでも、既に朝が近いことを示すかのように、東の空の端がかすかに色が薄くなり始めている。
「誰だ?」
誰何する声が聞こえ、ほどなく内側から障子戸が細く開いた。半月間逢わなかっただけなのに、もう随分と長く顔を見なかったような気がする。
伝次郎の顔を見た途端、やはり自分の逢いたかったのはこの男なのだと実感した。
「熊さま」
熊を見た伝次郎の眼が大きく見開かれた。ただでさえ大きな特徴のある眼が愕きに余計目立っている。
伝次郎の顔を様々な表情がよぎってゆく。熊は、そんな彼をじっと見つめていた。驚愕、躊躇い、葛藤―、あらゆる感情の波が一挙に押し寄せた後、徐々に引いてゆくのを、熊は辛抱強く見守っていた。
「私と一緒に来て」
熊は真っすぐに伝次郎を見つめた。わずかの静寂が永遠のようにも思える。
