
花鬼(はなおに)~風の墓標~
第9章 夜明け―永遠へ―
もし事実を話せば、伝次郎はたとえ熊を愛していなくても、熊を連れて逃げるはずだ。堀田伝次郎が男気のある責任感の強い男だというのはすぐに判った。自分の生命を助ける代わりに、一人の娘が犠牲になろうとするのをむざと見過ごすような男ではない。伝次郎の人柄を知りながら、それを利用するようなやり方は熊にはできなかった。
熊もまた、伝次郎と同じだった。相手の弱みにつけいるような卑怯な真似はできない性分なのだ。もしかしたら、熊と伝次郎はとてもよく似た者同士なのかもしれない。上に馬鹿がつくほどお人好しで、曲がったことは絶対にできないし、許せない。
「熊どのがお屋形さまの側女に?」
伝次郎の表情が初めて動いた。熊は小さく頷く。
「夜、押しかけて、突然こんなことを言われて、あなたが愕くのも仕方ないと思います。でも、私には時間がありませぬ」
「どうして俺なんかと」
伝次郎の顔には先刻と同じ、逡巡が浮かんでいる。それを見た刹那、熊の胸に落胆がひろがった。
「あなたのことが忘れられなかった、あなたが私を訪ねてきてくれた日から、ずっとあなたのことばかり考えていました」
熊は小さな声で呟くように言った。
熊もまた、伝次郎と同じだった。相手の弱みにつけいるような卑怯な真似はできない性分なのだ。もしかしたら、熊と伝次郎はとてもよく似た者同士なのかもしれない。上に馬鹿がつくほどお人好しで、曲がったことは絶対にできないし、許せない。
「熊どのがお屋形さまの側女に?」
伝次郎の表情が初めて動いた。熊は小さく頷く。
「夜、押しかけて、突然こんなことを言われて、あなたが愕くのも仕方ないと思います。でも、私には時間がありませぬ」
「どうして俺なんかと」
伝次郎の顔には先刻と同じ、逡巡が浮かんでいる。それを見た刹那、熊の胸に落胆がひろがった。
「あなたのことが忘れられなかった、あなたが私を訪ねてきてくれた日から、ずっとあなたのことばかり考えていました」
熊は小さな声で呟くように言った。
