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アルカナの抄 時の息吹

第8章 「世界」正位置

「バーボンのダブル、ロックで」

「かしこまりました」
そんなにはりつめた顔をしていたのか、マスターは心配げにあたしを見た。

「マスター。今日、何か夢見た?」
マスターの心配を払拭しようと、にこにこと話しかけた。急に夢の話を振られたマスターは、豆鉄砲を食らった鳩のようだ。

「夢……?いいえ、今日は見てないですね」

「…そう。ぐっすり眠れたのね」

「お客様は?夢を見られましたか?」

「うん、少しだけね。ちょっと怖い夢だった」

「そうでしたか。それは寝覚めが悪かったことでしょう」
言いながら、なるほど、といった顔をしていた。ちょうど出来上がった酒を、あたしに差し出す。

「そうね。…だから、戻らなくちゃ」
そう言って、グラスに口をつける。

「……?」

カラ、と氷の崩れる音。


それからは、ただ静かに飲み続けた。マスターもそれ以上は話しかけてこない。

いい感じに酔って来たので、久しぶりのストレートをちびちびと飲む。ここで飲むと、大抵はロックで、水割りやストレートはそういう気分の時だけ。カクテルは本当に気が向いた日に少し飲む程度。…そんな日でも、やっぱり最終的にはいつものに落ち着くのだが。

酒との付き合いもなかなか長い。飲み方もわかってるし、いつも、特にストレートはゆっくりと飲み進める。

ふと、手元に視線を落とした。グラスに映る琥珀色の自分と目が合う。

…あの時と同じ状況になれば、もしかしたら。

一気に煽った。透明になったもう一人のあたし。…なんだか引き込まれてしまいそう。ああ…まぶたが、下りていく。

そのまま、意識を飛ばした――。

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