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アルカナの抄 時の息吹

第1章 「魔術師」正位置

「上司にツケるなんて無理に決まってるじゃないですか」
こんな状態になった客への対応に慣れているのか、たしなめるように言った。…マスターも大変だ。

「…わかっれるわよっ!!」
大体、上司とは別にそこまで仲が良いわけでもない。仕事ぶりは、信頼されてるというより心配されてるし、プライベートでの交流はまったくない。

「じゃあ、今日はこの辺にして、もうお帰りになった方が…」

「うるさい!うるさーーいっ!!もうこうなっらら、ご祝儀らいろしれ用意させられら、このピンさる三枚から支払っれやるっ!あらしの分のご祝儀も上司が払えばいいのよ~っ!!」
手がつけられる状態ではなさそうだ。マスターはもう何も言わなかった。

「わらくしぃ、森野真樹はぁ、ぜっらいにご祝儀をわらさないころを誓いま~す!」
グビグビとグラスを飲み干すと、だらりと伏した。

「あらしの分も払え~!」とむにゃむにゃ言いながら、急に押し寄せてきた眠気に、身を投じた――。





ずしり、と頭に重みを感じて、眠りから覚める。目は閉じているが意識はあるというあの状態だ。なんだか頭痛もするし、二日酔いかもしれない。

取り敢えず、頭に乗っているこの重い何かをどかそうと、半覚醒状態のまま手を伸ばす。すると、むにっ、という感触。

……ん?

そういえば自分はうつ伏せじゃないし、温かくてやわらかい。家に帰った記憶はないが、布団の中にいるようだ。

ぱちりと目を覚ますと、頭の上に乗っているのは誰かの腕だとわかった。自分の細い腕とは違い、筋肉質なその腕の先をぼんやりと目で追うと、ちょうど目を覚ましたその人と目が合った。


…見知らぬ男だ。


「きゃああああああああ!!!!」

「ぎゃああああああああ!!!!」

二人は同時に叫んだ。

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