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サンタとトナカイ、天使と私

第5章 天使

「レイに言わなくてはいけないことがあるんだ」
 私は先を話すようにとラルフさんを促した。
「僕が初めて君に会ったのは君がまだ小学生の頃だった」
「……」
 私は相槌を打たない。ラルフさんの表情は真剣そのものだった。
「驚くのも無理はないよ。僕は二十歳で日本へ留学にきていた。そして、クリスマスのミサに出かけた時に君に会った。君はひとりだった。ひとりで手を胸の前で組んで一心不乱になにか呟いていたんだ。熱心な信者だと思ったら、神父さんにどうやって祈ればいいのか熱心に尋ねていて、教会に来たのは初めてのようだった。僕はクリスマスイヴにひとりで小さな女の子が知りもしない神になにかを願っているということにひどく興味をひかれた」
 見開いた目が乾燥していくのが分かる。覚えている……あの年のクリスマス。忘れるはずがない。

「それで、少女に何をしているのか訊ねたんだ。そしたらその女の子は初めて顔を上げた。真っ黒な瞳がまんまるで大きくてすごく神秘的だと思った。その子はどうも弟が生まれることを母親から聞いて無事に生まれてくることを祈っていたらしい。僕は正直、驚いたよ。だって、小さな子供がクリスマスに必死にお願いしているんだ。どうせサンタクロースにプレゼントでもねだろうとしているのかと思った。でも、その子は弟のために祈りをささげていた。聞けば、その子の弟が生まれると聞いたのはそのクリスマスの日で、それを聞いた途端に家を飛び出して小学生の知識を振り絞り神がいそうな場所を片っ端から歩きまわっていたらしかった。神社も寺も道端のお地蔵さんにも教会にも行ってね。その子は急に僕に頭を下げたんだ。まるで僕を崇めるみたいに何度もね。そして、僕が呆然とその様子を眺めている内に女の子は立ち去ろうとした。僕は咄嗟に名前を聞いたんだ。どうしてだろう。そうしなくてはならない気がしたんだ。そしたら女の子は小さな唇で『レイ』と短く答えて走って行った」

 あの日、光が母のお腹の中にいると知った。私は嬉しくて家の近くにある神社などを巡り続けたのだ。そして、いつもなら絶対に入ることのない教会にまで足を踏み入れた。
 そこの空気は澄んでいて外のほうが寒いはずなのに、神聖な雰囲気のせいか教会の中のそれはひんやりと感じられた。

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