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サンタとトナカイ、天使と私

第1章 美女

 緊張と不安で体中の関節がキシキシとなにかの重みで音を立てている。
「澪ちゃんは好きな男性いるの?」
 薫さんはワイングラスを細長い指で持ち上げると唇をつけた。ルージュの口紅が少しグラスについて薫さんはさっと拭う。
 私は予想だにしなかった質問に瞬きを数回繰り返した。
「好きな……。い、ません」
 嘘を吐いたつもりはなかった。
 ただ、無意識に思い浮かべたのは到底手の届かない男性。これは好きというよりただ憧れているだけなのだと自分を笑って否定した。
「あら、本当かしら?」
 目を輝かせる薫さんの表情の後ろに真剣な顔が見え隠れして、この話が本題だったのだと分かった。こっそり胸を撫で下ろす。
「薫さんはいらっしゃるんですか?」
 薫さんは細い目をさらに細めて艶めかしく微笑んだ。私のことから話を替えたくて焦ったのがばれたのかもしれない。
「いるわ。ベルリン本社にね」
 私はあやうくグラスを落としかけた。
 クビの話ではなかったにしても、今度は別の不安が生まれた。
「よくこっちへ来るじゃない。ラルフ、知ってるでしょう?」
 今度こそ頭がくらくらした。薫さんからしても年上で上司である彼をラルフ、と気安く呼んでいることが私の胸をえぐった。
「ああ、はい……一応は」
 口が勝手に喋り出す。
「そうよね。ラルフったら東京の社に来たら女子社員に囲まれてるものね。知らない方が不思議だわ」
 ラルフさんはベルリン本社の重役。三十六歳で本社を仕切る社長の右腕として活躍している生粋のベルリンっ子。
 一九〇センチ近い身長とブロンドの髪に聡明なグリーンブルーの瞳が目立つ端整な顔立ちはどう考えても日本人女性の王子様像でしかない。
「薫さんはラルフさんがお好きなんですか?」
「ええ」
 薫さんは薄い唇を綺麗に吊り上げて微笑んだ。彼女は何でもお見通しなのかもしれない。
 薫さんとラルフさんが寄りそう姿を想像してしまった。CMにでも出てきそうな美男美女カップルだった。

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