恋愛短編集
第5章 母さんのオムライス
そのままの体勢で再び俺を呼ぶ。
「なぁ聡」
梓の目尻が、悪い意味で下がった。
「今日なら、声、出せそうか?」
ぴたり。
さっきまであんなに笑っていた風が止まった気がした。
あれ、おかしいな。
梓のクッキー、まだ口の中に残っているのだろうか。
苦くて、苦しくて…吐きそうだ。
声が出ない?
そんな冗談言わないで。
聡まで私を見捨てるの?
嫌だ。
ここにいたくない。
俺は直ぐ様立ち上がり、屋上の出口へと急ぐ。
「さ、聡!」
慌てた梓が駆け寄ってくる。
だが、その華奢な指が触れる前に俺は出口のドアを開けた。
「すまない、今のは失言だ!謝るから!!」
やっとのことで俺の腕を掴む梓。
だが、その手を強引に振り払い、俺は一人屋上を後にした。
別に梓は悪くない。
俺が勝手に思い出しただけだ。