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記憶売りのヤシチ

第2章 真実

愛してる、と微笑む彼に、私も、と微笑み返す。途切れてしまいそうな生命の糸に、涙が止まらない。

…その時私の頭には、禁じられた方法がぼんやりとあった。“死”がすぐそこまで訪れ、ぐったりとする彼の姿を見ていると、それは急速に色濃くなっていった。

それは、置換の術。物同士の移動など、物理的な置換を目的に、主に使われる。だが私が考えていたのは、そうではなかった。

この術は、形のないものに対して使うことは許されていない。

片手を、彼の頬に伸ばす。ぼそりぼそりと、唱え始める。彼も術使い。このあとかける術を反故にすることができないように、まずは彼から言葉を奪った。

そして…置換の術。彼の足先から、術が広がっていく。何が起ころうとしているのか理解した彼は、目を見開き、泣きそうに首を振る。

私は置換の術を、彼にかけた。正確には、彼に迫りゆく“死”に対してかけた。つまり、“死”へ向かっている彼の状態を、術のもう一方の対象に移したのだ。

やがて術式は、私の足先から心臓に達する。私の“生”の状態は彼に。体勢を保っていられなくなってきた私は身を崩す。最後に見えたのは、うっすらと開く目から見えた彼の涙だった。

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