記憶売りのヤシチ
第1章 記憶の飴
…帰れない。最初にそう思った。
次に考えたのは、なぜこうなっているのかということだ。なぜ、自分はここに…――
「お目覚めのようだね」
思考に割って入るように、声が飛び込んできた。振り向いて、あ、と小さく声をあげる。
「あなたは…」
私がぼそりと呟いた。
そこには、仮面をつけた男性が立っていた。…さっき夢に出てきた人だ。
「僕は記憶売りのヤシチ、このヤシチ邸の主さ。…君の名前は?」
聞いたことのない名だった。私は名乗るべきかどうか迷ったが、名前くらいいいだろうと名を告げることにした。
「…沙奈よ」
「サナ。いい名だ。…もっといい名を知っているけれど」
最後につぶやいた声は、今までよりいっそう柔らかく、何かに魅了されているような…うっとりとした甘い口調だった。
「あなたが私をさらったの?」
「違うよ。間違いなく君は、自らの意思でここへきた。…それより」
彼は、紺の羽織のポケットに手を入れ、小さな瓶を取り出す。
「素敵な記憶はいらないかい」
…同じだ。夢と、まったく同じ。
「幸せな記憶、楽しい記憶…なんでもあるよ」
次に考えたのは、なぜこうなっているのかということだ。なぜ、自分はここに…――
「お目覚めのようだね」
思考に割って入るように、声が飛び込んできた。振り向いて、あ、と小さく声をあげる。
「あなたは…」
私がぼそりと呟いた。
そこには、仮面をつけた男性が立っていた。…さっき夢に出てきた人だ。
「僕は記憶売りのヤシチ、このヤシチ邸の主さ。…君の名前は?」
聞いたことのない名だった。私は名乗るべきかどうか迷ったが、名前くらいいいだろうと名を告げることにした。
「…沙奈よ」
「サナ。いい名だ。…もっといい名を知っているけれど」
最後につぶやいた声は、今までよりいっそう柔らかく、何かに魅了されているような…うっとりとした甘い口調だった。
「あなたが私をさらったの?」
「違うよ。間違いなく君は、自らの意思でここへきた。…それより」
彼は、紺の羽織のポケットに手を入れ、小さな瓶を取り出す。
「素敵な記憶はいらないかい」
…同じだ。夢と、まったく同じ。
「幸せな記憶、楽しい記憶…なんでもあるよ」