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手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

 留花が懸命に巾着を探しているのを見、男が少し慌てた口調で言った。
「マ、今度からはせいぜい気をつけなよ、姉ちゃん」
 わずかに右脚は引きずってはいるものの、到底、脚の骨を折っているようには見えない危なげのない歩きっぷりと素早い身のこなしで行き過ぎようとする。
 その時、〝待て〟と凜とした声音が響いた。その毅然とした口調は、しんと膚に痛いほどの冷気を孕む真冬の大気によく通る。
 今にも立ち去ろうとしていた男の顔が心なしか強ばった。
「その歩き方で骨が折れているとは、少し無理があるのではないか? 大方、三つの子どもでも納得はすまい」
 いちゃもんをつける男と留花の周囲には、いつしか物見高い野次馬の群れができ、興味津々でなりゆきを見守っている。このような場合、我が身までもが巻き込まれては困るが、他人の喧嘩や厄介事を遠巻きに見物するのは愉しい―といった群集心理はいつの時代も同じ道理である。

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