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手紙~天国のあなたへ~

第6章 別離

 陽が差さないため、狭い房内は昼間でもなお薄暗かった。その薄い闇を背景に、愃がひっそりと佇んでいる。
「旦那(ソバ)さま(ニン)」
 ひと声呼んだだけで、想いが言葉となって迸り出そうになり、留花は思わず口許を手で覆った。
 愃もまた留花を見つめていたが、その表情から彼の感情を読み取るのは難しかった。そのときの愃は留花が見たこともないほど昏い眼をしていた。初めて出逢った日、彼の眼をよぎった翳りなど比べものにならないほどだ。
 いや、昏いという形容はふさわくしないかもしれない。もっと端的にいえば、絶望的というか、ある種の悲愴感がまざまざと彼の瞳を覆い尽くしている。愃の漂わせる雰囲気はただ事ではなく、何ものかに追いつめられているような切羽つまった感じがした。
 愃が言葉もなく、スと片手を差し出した。ハッと見やると、大きな手のひらに紫陽花の花が握りしめられている。

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