テキストサイズ

手紙~天国のあなたへ~

第6章 別離

 その紫陽花の色には見憶えがあった。いや、それどころではない、家の前に植わっていた紫陽花そのものである。
「出かけるところだったのか?」
 唐突に愃が沈黙を破った。彼の視線は床に脱ぎ捨てられたままの笠と蓑に向けられている。
 留花はその問いには応えず、愃の手許をじっと見つめた。
「―その花は私と同じですね」
 まるで人の声とも思えないほど掠れた自分の声に、留花自身が愕いた。
「その言葉は、どういう意味だ?」
 愃が訝しげに眉を寄せる。こんな神経質そうな顔をする彼もまた初めて見た。
 愃はいつだって春風のようにやわらかく、優しい笑顔で留花を包み込んでくれたのに。部屋の片隅には薄い闇が溜まっている。その闇を背負って立っている愃は、まるで闇が凝って人の形を取ったように見えなくもない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ