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手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

 留花は呆れて物も言えず、男の消えた方を見つめて立ち尽くすばかりだ。
「危ないところであったな」
 間近で聞こえた深い声音にハッと我に返り、留花は声の主を見つめた。
「そなたのその優しき心は美点には相違ないが、かといって、やたらと他人を信じすぎるというのも感心はできぬ。一歩間違えば、とんでもない危険に巻き込まれることになるぞ。何もかもを疑えとは言わぬが、もう少し用心して慎重にふるまった方が良い」
 男の面には春の陽溜まりのような笑顔が浮かんでいるにも拘わらず、その眼光は相も変わらず鋭かった。
 先刻の留花を騙そうとした男がすぐに手を引いたのも、嘘が露見したからだけではなく、この男が只者ではないと瞬時に知ったからだろう。
 留花は、男の立ち姿をまじまじと見つめた。
 鐔広の帽子には顎の部分に翡翠と赤瑪瑙であろう玉(ぎよく)が交互に連なって垂れ下がっており、ほどよい筋肉のついた均整の取れた身体を包むのは浅葱色のパジチョゴリである。

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