テキストサイズ

手紙~天国のあなたへ~

第2章 雪の記憶

「危ないところをお助け頂きまして、本当にありがとうございました」
 確かにこの男の言うとおりだった。
 あの自称職人は留花に自分からぶつかってきたくせに、因縁をつけた。そのときには既に留花の袖から巾着を盗(と)っていたのだ。
 適当に因縁をつけて消えようとしたところ、留花が財布を出して詫びの印として治療費を出そうとしたものだから、さぞ慌てたことだろう! 男の目論見では、留花があっさりと折れて、ましてや治療費を気持ち良く払おうとするだろうというのは想定外であったろうから!
「いや、礼を言われるほどのことではない。それにしても、あの男、手練れの掏摸ではあろうが、あれほどの器用な手先を持つなら、泥棒などではなく、もっと別のことに活かせば良いものを。それほどに、民の暮らしは切羽詰まっているのか」
 両班はやり切れない様子で溜め息混じりに独りごちると、改めて留花を見た。
「何なら、私が家まで送ってゆこう。先刻の男がどこかで待ち伏せておらぬとも限らない」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ