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手紙~天国のあなたへ~

第3章 血に濡れた鳳凰 

 小男で太り肉(じし)の主人はまだ四十そこそこというのに、はや額はかなり後ろまで禿げかかっている。残り少ない髪の毛を引っつめて貧相な髷を結っている様はいささか笑えもするのだが―、激高してゆくにつれて真っ赤に染まってゆくその顔は蛸そっくりで、こんなときでなければ、留花は思わず吹き出してしまうところであった。
 結局、留花は薬を売っては貰えず、意気消沈して薬屋を出た。よもや、表の少し離れた物陰から一部始終を見聞している者がいるとは思いだにしなかった。
「お嬢さん(アガツシ)」
 最初、留花は自分が呼ばれているとは思わず、振り返ろうともしなかった。
 が、呼び声は依然として後方から追いかけてくる。
「待ってくれ」
 切羽詰まった声音だ。それが自分を呼び求めるものだとは思わずに反射的に振り返った時、留花(リユファ)は我が眼を疑った。眼の前に立っていたのは、あの若者―三日前、留花を掏摸から守ってくれた両班であった。

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