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近くて遠い

第10章 偽りと有川邸

はぁ……


と溜め息をついてお母さんは天井を見た。




「それでね…
今日からもううちに来るようにって…言ってくれているの。」



「今日?随分突然じゃない。」



と眉を潜めるお母さん。


脇では隼人が微かにまた私の服を掴んでいた。



「有川さんは…とてもお金持ちでね。
使いの人がいるものだけ運んでくださるんだって。
それで……

お母さんの治療もするって…そう言って下さったの…」


お母さんは私の言葉に大きく目を見開いて、瞳を揺らした。


「真希!!あなたまさかそれで…」



「違う。
彼を……
有川さんを…愛しているの……。
ほら、また咳が出ちゃうから落ち着いて…」



始めて口にした『愛している』は、嘘の告白だった。


再び興奮しかかったお母さんを制すと、お母さんはまた苦しそうに胸を押さえた。



幼いながらもただならぬ雰囲気を感じ取っているのか、隼人も神妙な面持ちで座っている。

「真希が本当に心からそういうなら、止めないわ……。でも、もし私のためなんて少しでも思っているなら…」



「本気よ。何も心配することはないから。素敵な人と出会ってってお母さん言ったでしょ?」


「………その、有川さんって人に会いたいわ。」



と力なくお母さんが言った。


「……っ、もちろん有川さんも挨拶したがってたわ…でも、なんせとても…忙しい人だから。お母さんの容態のこと言ったら大層心配してくださって…
『うちに来てから挨拶を』って…」



うそにうそを重ね

とにかくそれっぽいことをペラペラと並べた。


お母さんは、
突然のことに困惑しながらも、疲れた様子で天井を眺めていた。





「お姉ちゃん、僕も引っ越すの…?」


不安そうに隼人が呟く。


隼人…



私は優しく隼人に微笑んでから、その小さな身体をギュッと抱き締めた。


「当たり前でしょ?お姉ちゃんはずっと隼人のそばにいるから…」



隼人は私の服を掴みながら、何度も頷いていた。



守らなくては



どんなことがあっても、

この二人は、

私が守る…




そう心に決めたとき、




ピンポーン



と呼び鈴がなってうちの中に響いた。

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