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20年 あなたと歩いた時間

第10章 40歳

また、桜の季節が巡ってきた。
たくさんの大切な命が奪われてから毎年、
街路樹の桜は徐々に本数を増やしてきた。
もう今では、震災前より多くなったかも
しれない。その桜の咲き誇る四月。

「しっかりやってこいよ、広輝」
「何かあったら電話してね」
「行ってきます。お母さん。…お父さん」

広輝は今日から大学生になる。
私と流星が通った、あの大学の医学部に
合格した。いま、小野塚流星の続くはずだった
人生は繋がれていくのかもしれない。
私にも、要にもできなかったこと。
広輝だけが、できること。

「のぞみ」

時々思う。こうして名前を呼ばれて振り返る時
私はちゃんと要に呼ばれている顔を
しているだろうか、と。
流星ではなく、要に向けた笑顔を
用意できているだろうか、と。

「お父さんって、呼ばれたよ、おれ」
「言ったよね…」
「…お父さん…か」

四月。
たくさんの季節が通りすぎ、
たくさんの出会いも別れもあった。
私と流星は限りなく続く命の循環の中で、
ほんの二十年を一緒に歩いた。
いまは、ただ楽しかった思い出だけを
記憶に刻んで、これからの人生に思いを
馳せたいと思う。

「要。お父さんになってよ。広輝の二人目のお父さんに」

どんなに忘れたくない記憶も、いつか、
もっと大切な記憶に塗り替えられてゆく。
それは、悲しいことではなくて、
生きていくために必要なことなのだ。

私は、生きていく。生きていくから、見守っていて。


■fin■



長らくのお付き合い、ありがとうございました
広輝はどんなふうに成長していくのでしょうか
私も、楽しみにしています。

くらもとちあき


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