
触れたくない。
第1章 一
熱い夏の日だった。
その日は体調がすぐれないにも関わらず残業して、終わった後はふらふらとどこかもわからない場所を歩いていた。
夏とはいえど、田舎の夏の夜は寒い。
寒さに震えながら、狭い視界を頼りに歩いていると、
「おや、迷い猫」
ゆったりとした声が、静かな夜の空気に溶けて響いた。
え?
驚いて顔を上げると、着流しを纏ったスラリとした男性が、野草や野花に囲まれて立ていて。
「おいで。こっちは温かいよ」
傘で顔も見えない、誰ともわからぬその人物の言葉があまりにも魅力的で、
私はそのまま、ふらりとその人の胸元に吸い込まれるように倒れこんだ。
