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叶わなかった物語

第3章 3

「ただいまー!」
「お邪魔しまーす!」

玄関を開けると、部屋は明かりがついていた。
小さなことだけど、めっちゃうれしい。

「先輩、ニヤけてますよ」
「ばか。帰ってきて家が明るいってどんだけ幸せなことかわかんねだろ」
「…わかりますよ、おれ一人暮らしだから」
「彼女いねーもんな」
「最近までいましたよ」

のぞみが妊娠した時、僕らはまだ大学2年生
だった。悩み、迷い、でも僕らは産むことを
選んだ。そして『家族』になることを選んだ。
あれから7年。僕は父親になり、医師になり。

「のぞみと広輝、寝てるわ。…なんか食う?作るけど」
「あ、いただきます!」

矢野は途中で買ってきた飲み物を冷蔵庫に入れ
ながら、目を輝かせた。

「…今日のHCCの患者、どうなったんでしょうね」
「んー。あんまり予後は良くないだろうな」
「…ERって、そういうの、マヒしちゃうんですか」
「何言ってんだよ。やりきれないことばっかりだよ。でも…なんとか命、繋いだだろ。それだけで十分さ。それがおれらの仕事」

そうなんだ。生きてくれさえすりゃ、あとは
最先端の医療が手をさしのべてくれる。
とにかく生きてくれ、といつも切望する。

「あれー…矢野くん、来てたの?流星も、おかえり。ごめん、最近眠くて眠くて」
「ちっす。お邪魔してます」

のぞみがあくびをしながら起きてきた。
のぞみは手術室の看護師で、すごい緊張感の
中で毎日仕事をする。
多分、神経をすり減らしているから疲れるの
だろう。

「あ。今日HCCの患者さん、助かったよ。紺野さんのメス捌きすごいわ、やっぱ。センスある」
「へー。紺野がオペしたんだ」

紺野とは、僕らの高校時代の同級生で今は
第一外科の医師だ。
同期のヒーローと言っても過言ではない。
昔はちょっと色々あったけど今は切磋琢磨
する仲だ。

「おれ、広輝起こして風呂入れるわ」
「先輩、相変わらずイクメン!」
「約束してたんだよ」

幸せだ。
仕事が早く終わって、息子と風呂に入れる
なんて。
僕は本当に幸せだ。

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