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異彩ノ雫

第10章  intermezzo 朱の幻想




━━ そなたの為だ
睦まじいふりをして
大人しくしているがいい

笑いを含んだ瞳が娘を射抜く

━━ …懐のその剣
抜いてはならぬぞ、己にも

強ばる娘の頬へ長い指が触れ
やんわりと涙をぬぐう

朱夏の言葉は娘の心に忍び込む
信じることはひとつの救い
去りゆく背中をそっと見つめた

明くる日より
部屋へ籠る娘のもとへ
朱夏は気まぐれに訪れる

何を語ることもなく
涙にさえ気付かぬ顔で
時を過ごし立ち去る残り香は
娘の孤独を癒し、また やどし…

けれどある時
入り日を見つめ 吐息を洩らす娘の前に
珍らかな楽器とともに姿を現す

━━ これは異国の商人が持ち来たるりゅうと、という

語りながら娘に持たせた背中越し
手を添えひと節を奏でてみせる

背に伝わるぬくもり
耳元にかかる息づかい…
娘はひととき憂いを忘れ
思いもよらぬ優しい時間に心ゆだねる

やがて
十四日めの月が上る夜
眠れぬままの娘を朱夏は連れ出し
ゆるゆると
峠へ続く道を歩きゆく

村を見下ろす高みで留まれば
月の光がふたりの影をひとつに重ね
足元へ映し出す

━━ 戻るがいい…

振り向く朱夏は娘に告げる







(つづく)


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