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貴女は私のお人形

第8章 だから世界の色が消えても、




「二十年前だっけ。チェンジリング事件って綺麗な名前で騒がれていた、自殺みたいなことが起きたのって」

「よく知っているわね。あずなまだ小学生くらいじゃなかったの?」

「ガキの頃から、妖精に憧れてたんだもん。新聞の見出しに飛びついて、お婆ちゃんに読んでもらったんだ」

「ふふ、あずならしい」


 里沙があずなの隣に腰を下ろした。

 視界の端に触れた横顔に、胸が撓る。優しい気配があずなを包んで、体温を上げる。


「二人の女の人が、心中。今思い出すとさ、そういうことだったんだよね。あの頃はどうして自殺したんだろうとか、どうして二人だったんだろうとか、分かんなかったけど……。『パペットフォレスト』のコテージに泊まって、すごく幸せそうなカップルだったって、記事に書いてあった。部屋にお人形と遺書を置いて、彼女達は姿を消した」

「──……」


 遺書は一部が公開されていた。祖母に読んで聞かせてもらった時、あずなは幼心なりに悲しくなった。あれから二十年経った今でも、所どころ抜け落ちた部分はあるにせよ、忘れられない。


 気味の悪いような生ぬるい風が、あずなにまといつく。

 人間に干渉出来ない領域から、瘴気にも似通うものが確かに流れ込んでいた。


「私、思うの。チェンジリング事件は、ただの心中云々じゃない」



 遠くに薔薇園の柵が見える。あすこを越えると、立ち入り禁止区域に続く森が構える。森の奥深くには、妖精の棲む沼があるという。畔には、白い花だけが咲くらしい。

 あずなが、携帯電話のウェブページで得た情報だ。


 妖精話のまつわる沼で起きた、少女達の悲しい事件。

 都市伝説でも何でもない、二十年前に本当に起きたチェンジリング事件には、人智を超えた力が作用していたのではないかとあずなは思う。
 妖精の存在の有無はともかく、ここには得体の知れない何かしらの力を感じさせられるだけのものがある。

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