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貴女は私のお人形

第1章 あの人はあたしの神様で、






 「お客様が……こんなところに……」


 語彙の溶け尽きた様子のあずなと入れ替わるようにして、里沙が起立した。


「改めて初めまして、皆様方。野本里沙と申します。○○市から参りました。三十五歳、同じくアパレル勤務です。本来参加を予定していた妹の里乃が風邪のため、急遽参加させていただくことになりました。神無月さん、ごめんなさい」

「里乃さんの具合は?」

「夏風邪です。寝ていれば治るだろうと」

「そう。残念だったとお伝えしておいて。でも私、貴女が代わりに来てくれて感謝してるわ」



 端から聞いているだけで、乙愛の胸に、じわりと優しい熱が染みる。

 この場にいないファンのためにまで微笑みながら、気の毒そうに眉を下げる、純の顔は反則だ。


 見目だけが天使なのではない。


 この歌姫は、中身も備わっていてこその美貌なのだ。



「文月さん」


 里沙が純に会釈して席に着くと、澄花は乙愛を指名した。


「はいっ」


 飲みかけの林檎酢ドリンクの入ったグラスを置いて、乙愛は唇を閉じたまま、喉を整える。


 里沙からマイクを受け取った。


「初めまして……こんばんは。文月乙愛です。二十歳、大学二年生です。好きなブランドはドクイチゴ、純様の歌で好きなのは……あ。どれも好きです。えっと──」


 コテージでまとめていたはずの言葉がもつれる。頭に乳白色がかかっていくのとはよそに、頰に血色の感覚が強まる。



 すずめやリュウ、あずなや里沙のように、周りを見渡す余裕もない。乙愛は顔も上げられなくなる。


 ただ自己紹介をしなければという焦りだけに、乙愛は追い立てられて、挙げ句、しどろもどろに、支離滅裂に言葉を並べ立てた。


 どうかこうか任務を終えて着席すると、話したばかりの内容は、完膚なきまで乙愛の頭に残らなかった。





 心臓が落ち着く頃、賑やかだった宴のテーブルに、食後のハーブティーとデザートが運ばれてきた。


 カモミールの優しい匂いが乙愛を癒す。ピンク色の、苺味のシフォンケーキを味わうと、夢見心地が膨らんだ。

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