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あたしの好きな人

第1章 会社の部下




岳人side



合鍵で咲良の部屋に入り、いつものように上がり込む。

ベッドの上で眠る咲良に気付いて、ベッドサイドに座る。

疲れたような表情なのに、相変わらず、素っぴんでも綺麗だ。

その瞳には涙が浮かんでいた。

「……また、か」

頬にそっと手を乗せて、手の平で涙を拭う。

また、自己嫌悪の涙。

「……いい加減、俺にしとけよ」

ぼそりと呟いた。



咲良は母子家庭で育ち、おばあちゃんに育てられたと言う。

母親は美人で素晴らしく、男運がなかったらしい。

尽くして、貢いで、裏切られ、何度も涙する姿を見て育ったようだ。

あんなふうに、なってはいけないよ。

おばあちゃんにも言い聞かせられて、気位の高い咲良が完成された。

理想は高く、ずっと大事に愛してくれる人を、求めている。

決して裏切らない、そんな男を理想としているから、俺みたいなのは問題外らしい。

大学時代は確かに、複数の女の子と関係を持ったけど、今は咲良だけだと決めている。

俺は咲良を裏切らないと、アピールしているのに、全く気付いて貰えない。

友人という位置に君臨し続けて、餌付けまでして飼い慣らして、

一体いつになったら、意識して貰えるのか。

手なんか出したら、たちまち咲良は離れていってしまう。

そして、なにより、咲良に嫌われるのを恐れているんだ。

……情けないな。

目の前で他の男にかっさらわれても、何も出来ないなんて……。

どうかしている。

一度寝たらなかなか起きない咲良に、そっとキスすることしか、出来ないんだ。

そしてこの内緒のキスの為に、また、頑張れる、いつか俺のモノにする日まで。

信頼を、ひたすら築いていけるんだ。

「……愛している」

俺だけが誰よりも。

早く気付けよ……。

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