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オオカミは淫らな仔羊に欲情する

第33章 偶然


 笑いながらリビングに行きソファーに座らせると、
 身体を拭いて服を着せてくれる。

 至れり尽くせり、ホント、竜二は優しい……。


「何時?」

「ん? もうすぐ……昼、だな」

「ヤバ……帰らなきゃ」

「車で送るよ」


 寝室に行き服を着て戻った竜二がコーヒーを淹れ、
 隣に座った。

 さっきまであんなにベタベタしていたのに、
 何だか急に気恥ずかしくなってきて、
 目のやり場に困りとりあえず俯いた目が竜二の
 手元に止まった。


「!! ……」

「どした?」

「あ、ううん、何でもない」


 平静を装って私もコーヒーを飲む。

 竜二、どうして?

 指輪、外したの?

 バスルームから出てきたばかりの時は
 左手の薬指に煌めいていた ――
 愛奈さんとの婚約指輪。

 何だか私は竜二がとんでもない事をしようと
 しているように思え、怖くなった。

 昨夜の情事は一夜限りの密通……
 理由が何であろうとも、互いが選んだ道は
 踏み外しちゃダメなの。
 
 
「……やっぱ、1人で帰る」


 立ち上がったけど、
 言葉もなく竜二に手を掴まれた。

 心臓の鼓動が速まる ――
 
 
「あや……」 
  
「……私達、ここでサヨナラした方がいいよ」

「どうして?!」

「そんなの竜二だって分かってるでしょ。
 あなたには会社とそこで働いてる社員さん達を
 守る義務と責任があるハズ。違う?」
 
「……」


 そう言いながら、彼がその義務と責任に
 押し潰されそうになってる事も分かってる。

 助けてあげたい……ずっと彼の傍にいて
 支えになってあげたいけど……。
 
 私は竜二に掴まれてる手をそっと外して
 戸口へ向かった。


「すまん……不甲斐ない男で……」
  
 
 彼はそう言うと黙り込み、追っても来なかった。
 
 当たり前だ、私が”サヨナラ”と言ったんだから。

 追いかけられては困る……

 けど、もう少しは引き止めて欲しかったかも……。

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