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オオカミは淫らな仔羊に欲情する

第10章 新天地・東京へ


 定刻通り京都駅の11番線ホームから
 ゆっくり走り出した新幹線のシートへ身を委ね、
 小さな窓から遠ざかって行く景色をぼんやり
 見ながら、これで当分の間皆んなとは会えない
 んだと、改めて実感した。


 特にあつしは入院中も、退院して家に戻ってからも
 毎日のように顔を出してくれて、
 結構優しい奴だったんだと改めて思い知る。

 もし、裕なんかよりあつしの事を好きになって
 いたら……少しは状況も変わっていたのか?
 なんて、今更だけど考えてしまう。

 小さい頃から、理玖とあつしを交えた3人で
 いっつもつるんでいたから――。

 恋愛感情なんて絡まない、そんな心地良い関係が
 ずっと続くもんだと思っていた。

 胸がトキメキも、ドキドキなんて
 ちっともしないけど、
 あつしといると不思議に凄く安心出来た。

 小さい時……よくあいつに「ギューして」とか
 言って、甘えてたことを思い出すと、
 恥ずかしくて死にたくなる。

 小学校の4年くらいまでだったっかな……。

 あれやってもらったら、凄く安心出来たっけ。

 アレ……もう一回して欲しいなぁ……。
 もう、今じゃ そんなこと死んでも口に出来ない
 けど。

 私が裕と付き合い始めたって知った時も、
 妊娠をカミングアウトした時も、
 気が抜けるくらい何も変わらなかった。


『そんなことくらいで、何が変わんだ?!』


 そう言って、怒った顔を思い出すと、顔が自然に
 綻(ほころ)んでくる。

 けどその後で、あつしが裕をぶちのめしたって、
 理玖に聞いた……。

 全治2週間程度で済んだから、良かったものの。
 ピアノを弾く為の、あつしの大切な手を傷めた。

 私のせいで……痛めたんだ。

 何か、もう堪らなくなって、
 あつしに会わせる顔すらなくて……東京へ逃げた。

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