テキストサイズ

森の中

第5章 5 山を下りて

「見舞ってくださってありがとうございました。あんなに嬉しそうな母を見るのほんとに久しぶりです」
「いや」
「あなたと初めて会った後、母を見舞うと『山の香りがする』と喜んだんです。今までだって森に行った後に来たことあるのに。だから……。すみません。
こんな風にご迷惑をかけるつもりはなかったんです」
「そんなに僕は君のお父さんに似てるのかい?」
「さあ……。父は登山家で私が産まれる前に山の事故で亡くなっていて……母は写真も残していないんです。だから分かりません……。気に障ったらごめんなさい」

 済まなそうな表情で頭を下げる瑠美の身体を起こした。

「いいんだ。喜ぶならまた来るよ。それに……」

 (君も僕の死んだ妻に似ている……)と言いかけて冬樹は口をつぐんだ。

「?」
「大事な人の願いはできるだけ叶えてあげたほうがいいからね」

 冬樹の言葉に安堵した瑠美はこくりとうなづいく。

「また小屋に来ればいい」

瑠美の表情を見ないようにして冬樹は踵を返し再び廊下を歩き始めた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ