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森の中

第9章 9 決別

 二月に入り温暖なこの地方にも少しだけ雪がちらついた。道具の手入れでもしようかと冬樹は小屋を出て車に積んである道具箱を取りに向かった。
 駐車場に着くと瑠美のジムニーが停まっていた。車の屋根には少し雪が乗っている。いつからいたのだろうか。近づいて中を覗くと運転席に瑠美が俯き気味で静かに座っている。 窓をノックする瞬間に助手席に金襴緞子に包まれた小さな立方体が見えた。

 音と冬樹に気づき、瑠美はハッとして顔を上げ車から降りてきた。

「お久しぶりです」
「久しぶりだね」

 相変わらず化粧っ気のないおびえたような表情を向ける。今日はいつにもまして血の気の引いた顔だ。グレーのコートと相反するような助手席の派手な布地が気になりちらっと冬樹が目を走らせると瑠美は
「母です」
 と、小さく言った。

 (遺骨か……)冬樹は察して追及をしなかったが、小さく冷たい瑠美の手を取り
「おいで……」
 と、小屋へ連れて歩いた。

 薪ストーブの前に座らせ、コーヒーを淹れ、マグカップを瑠美の手に持たせた。
放心したような瑠美はか細く
「ありがとうございます」
 と言ったままカップを両手で持ちストーブの中の炎を眺めている。

 冬樹も隣に座り、一緒にストーブの火に当たった。飲まないコーヒーを手から取り上げテーブルに置き、そして肩を抱いた。

「あたたかい」

 瑠美は一言言いぽつりぽつりと話し始めた。

「先月の半ばに具合が悪くなってしまって。先週逝きました。痛かっただろうに安らかな顔で最後に『聡志さん、お待たせ』って」
「そうか」

 もう流す涙はないのだろう。静かに話す瑠美は抜け殻のように見えた。

「もうここには来ないつもりだったんですが、母の荷物を整頓していたらあなた宛てに手紙が出てきたんです。迷惑かもしれないけどよかったら読んでやってください

 コートのポケットから白い封筒をだし、冬樹に差し出した。
 冬樹は受け取って封を開け、弱々しいが柔らかい書体のきれいな字を目で追った。

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