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数珠つなぎ

第5章 お前らを逃さない

『お前を産んでよかったわ』

母親に言われたら、誰しも嬉しくなる言葉。


でも俺にとっては別れを告げる言葉。


カチャッ…


ドアが閉まる音は、誰かの侵入を防ぐ音。


でも俺はそれを家の外で聞いた。







両親が離婚した後、母はそのストレスから買い物依存症になった。

最初は貯金からブランド物を買い漁っていたが早々に底ををつき、そこからはカード地獄。


クレジットの上限が来たらキャッシングを利用しつつ、新しいカードを作ってまた買い物。

それの繰り返し。


何枚も届く、カードの利用明細。

そこに記載されている高額な代金を支払える収入もなく、延滞と滞納でカードを使う事、そしてカードを作る事ができなくなった。


俺は必死に説得した。

小さなアパートに似つかわないブランド物の数々。


それを売って返済に充てようと……


でも、母は泣き叫び売ろうとしなかった。

大事そうにブランド物を抱きかかえながらこう言ったんだ。


『アンタが働いて返せばいいじゃない』って。


俺はブランド物以下の存在だった。


それでも……

それでも母親だからバイトをして必死にお金を稼いだ。


でも、稼げるお金なんて微々たるもの。

その間も買い物を止められず、ついには闇金融にまで手を出していた。

俺は借金返済のため高校も中退し、日雇いのバイトに明け暮れていた。

稼いだお金はすぐに借金取りに持っていかれ消えていく。


必死に必死に働いて……家に帰ったら泥のように眠る。


こんな姿を母はどんな目で、どんな気持ちで見てるんだろうか?


そんなある日、家のドアを開けると玄関にはにはいつもと違う借金取りが立っていた。

「翔、もう働かなくてもいいから」

借金取りで姿が見えなかった母が顔だけ覗かせると、俺にニッコリと笑って見せた。

久しぶりにみた母の笑顔に、涙が出そうになった。


でも、どうやって借金を返済するの?


「お前を産んでよかったわ」

「…えっ?」

「あとはご自由に……」

母の言葉に借金取りが俺の手を引いて歩き出した。


そして働かなくてもいい理由を身体で知った。

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