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和子の話。

第1章 セールス。


滝宮和子、36歳。生命保険のセールスレディだ。
保険のセールスを始めて、今年で3年目になる。

2年目から、やっと収入も安定してきた。
死別した夫が残した遺産も少なくはなかったが、息子の将来を考えると、できるだけ手つかずにしておきたかった。

3年目に入っても、和子の初々しい営業スタイルは変わらなかった。
そのせいか、セールストークも好意的に受け止められている。

時々、いわゆる“枕営業”を期待する、不埒な輩もいたが、和子は毅然として態度で跳ねつけてきた。

三月のある日、勧誘で定期的に訪れている病院での事だ。
その日は、あまり足を運ばない外科病棟を訪ねた。

ナースステーション隣の休憩室に、何人かのナースに集まってもらい、いつものセールストークを広げた。

多少興味をもつナースもいれば、まったくその場にいながら、あからさまに無視するナースも居た。

一通りの営業を終え帰ろうとした和子に、婦長さんから、声をかけられた。
日を改めて、個別に説明して欲しいと言う。

相手が婦長さんなので、和子は求めに応じ、個別営業を約束した。

それから二日後の夜、婦長さんから隣町の喫茶店を指定された。
和子は、資料を入れたバッグを車に乗せ、その店に向かった。

先に店にいた婦長さんの雰囲気は、病院とはまるで違っていた。
“キャリアウーマン”のような、ダークな色合いのスーツ姿なのだ。

和子が、後れを詫びつつ席につくなり、
「保険のパンフレットは、後で読むわ」と、婦長さんが言う。

「お話は・・いいのですか?」
「大丈夫よ・・ちゃんと読むから」

「わかりました」
和子は、数種類のパンフレットを入れた封筒を渡した。

「それより、滝宮さん・・・」
「はい・・?」

婦長が、滝宮の個人的な話を尋ね始めた。
年齢や結婚、子供、仕事・・などだ。

まさか、“縁談”でも勧めるつもりなのかと思うほどの“聞き込み”だった。
和子は、当たり障りのない程度で、“個人情報”を話した。

「実は、私もね・・」
彼女も、自らの“個人情報”を披露する。

婦長さんの名前は百合子だ。
「私も、和子さんって呼ぶから、あなたも百合子って呼んでね」

百合子婦長も、夫と死別していた。子供はいない。
年齢は和子より歳上の43歳だった。

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