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メランコリック・ウォール

第44章 夫の手


義父とオサムが出ていくと、入れ替わりにゆりちゃんが出勤してきた。

「アキさぁ―んっ!おかえりなさい!めちゃくちゃ日に焼けてますね(笑)」

「ただいまー!そう、まだヒリヒリするの。でも…とっても楽しかった。最高だったよぉ…」



その日、私たちは仕事もそこそこに、バリ島の話で盛り上がった。

「いいなぁ…私も常夏の国に行きたいですぅ…。」

「でも、食べ物は好みが分かれるかも」

「あぁ、私エスニック系あんまり好きじゃないです」

「それじゃ、毎日中華料理になっちゃうかも(笑)」



お昼も食べ終わり、私は奥からお土産を持ってきてゆりちゃんに渡した。

お菓子やコスメがたくさん入っているそれを見ると、彼女は歓声を上げた。


「長くお休みもらっちゃって…。ゆりちゃん、ありがとうね。」

「いいえ!暇だったので。繁忙期だったら泣いてましたけど(笑)」


夕暮れ時、親方が隠居を考えているとゆりちゃんから聞いた。


「親方も、もう70代半ばですもんね?」

「そうだねぇ…。」


ただの隠居なら良いが、オサムと桜子ちゃんの情事がキッカケとなったのは間違いないだろう。





なんとも言えない気持ちのまま数日が過ぎた。

4月に入ったが、今年は当然のごとく花見の話にはならなかった。


キョウちゃんは親方に頼まれた日雇いの仕事で、隣町へ通うようになった。

今日は金曜日で、また彼のアパートへ作り置きを用意しに行く予定だ。



業務が終わってシャワーを浴び、自室で化粧をしていると突然大きな声で夫に呼ばれた。


「なに?」

呼ぶだけで一向に出てこないので部屋をのぞくと、作業着のままベッドに横たわっているオサムがいた。



「ああ、熱があるみたいなんだよ。ちょっと、風邪薬持ってきてくれ」

「…分かった」


断る理由もなければ、私はこの人の妻だ。

1階へ降り、水と風邪薬を持ってオサムの部屋へ戻る。


せめて着替えてから横になればいいのに…という言葉を飲み込み、水をいれたコップをちゃぶ台へ置いた。


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