
メランコリック・ウォール
第45章 衝動
行き場を失っている離婚届をもう一度手に取り、差し出した。
オサムは知らん顔で食事を続けている。
「お願い。別れて。」
投げかけにも答えず、無言を貫く夫を見かねて義父が口を開いた。
「なんにしても、少し時間を置こう。な?」
なだめられ、仕方なく引き下がった。
その週末も、その次の週末も、私はキョウちゃんのアパートへ出かけた。
洗面所には女物のスキンケア用品、クローゼットにはおそろいのパーカー、靴箱には色違いのスニーカーが並んでいる。
少しずつ増えていったこれらは、目に見えるアイデンティティのようでいつも私を安心させてくれる。
5月末日、親方は現役を引退した。
今後ウォールシイナに外壁塗装の依頼が来れば、外注することになる。事務の仕事も減るだろう。
…
6月15日付で、ゆりちゃんが新しい職場へと旅立っていった。
それと入れ替わりに、パートとして木ノ下さんという50代の女性がやってきた。あらかじめ募集をかけていたのだ。
彼女は事務歴の長いベテランで、これといって問題もなさそうで安心した。
「家庭の事情で、私もここを辞めるんです」
避けては通れないので、なるべく遠回しに告げた。
木ノ下さんはこのドロドロと渦巻いた内輪の事情を何も知らないので不思議そうだったが、ひとまずは理解してくれたようだ。
彼女に引き継ぎをすること3週間、もう私が教えることはほとんどない。
その夜、私は改めて離婚届を差し出した。
相変わらず無視のオサムと、なんとかなだめようとする義父。これでは先月となにも変わらない。
「応じるまで時間がかかるのなら、待ちます。」
義父は少しホッとしたように表情を緩めた。
「…けど。出ては行きます。」
それを聞き、義父は再び焦燥して「アキちゃん、頼むよ…」と嘆く。
オサムは流し目で私を見、また興味がなさそうにテレビへと視線を戻した。
