
メランコリック・ウォール
第48章 ウォールシイナ
顔色を伺うように接するが、義父は「つわりは大丈夫か」とか「予定日はいつだ」なんてことを言いながら、せつなくも笑っていた。
「とにかく俺は、アキちゃんの第二の人生を応援するよ。心からね…。」
そのためにオサムに判を押させると、義父は自分に言い聞かせるように頷いた。
…
4ヶ月ぶりのウォールシイナ。
戸の前は雑草が生え、枯れ葉も散らかっていた。
そうだ、新しい事務員の木ノ下さんには、そこまで伝えていなかった…と、今さら思った。
カラカラと戸を引いて中に入ると、ほとんど以前と変わらない様子でデスクやソファが佇んでいる。
ゆりちゃんが使っていたデスクは、今は木ノ下さんが使っている。
彼女の仕事がしやすいように、ちょっとした配置が変わっていることにも、事務用の小物が増えていることにも、私はすぐに気付いた。
それだけ、私はこの10年間のほとんどをここで過ごしてきたのだと思い知らされる。
「久しぶり…」
ついつぶやくと、義父は遠慮がちに言った。
「アキちゃんがね、いつ戻ってきても良いように、そのままでね」
確かに、私のデスクは何一つ変わらずそこにあった。
毎日使っていた付箋や、少しでも仕事が楽しくなるようにと選んだマウス。
なぜだか胸がきゅうと苦しくなり、義父を見た。
「でも、もう…片付けなければいかんね。」
泣きそうな顔にも見える義父は、ゆっくりとそうつぶやいた。
彼の心情を思えば、見捨てることなんて出来ない…戻ってこなければ…そうも感じた。
だけど…私が結婚したのはこの人ではなく、オサムなのだ。
しっかりしろ、と心のなかで自分の背中を叩いた。
居間は以前よりも散らかった状態だったが、隅に追いやられた新聞や菓子箱を見れば、これでも義父が片付けをしたのだと分かる。
「あいつ呼んでくるから。…妊娠のことは、俺からは言ってないよ。」
「分かりました。」
古びた音を立てて義父が2階へ行き、私はカバンの中から封筒を取り出した。
