蜜と獄 〜甘く壊して〜
第7章 【決断の時】
何から説明すれば良いのか、正直わかりません。
ただ、今お答え出来るのは、
堤一崇さんとはお別れしたということ。
私から一方的に。
突然、姿を消したのは私。
あの日、明け方近くまで愛し合い倒れるように眠りに落ちた。
あなたが目を覚ました時にはおそらく私は搭乗していた。
空を飛び海を渡り日本を離れたの。
ごめんなさい。
何も打ち明けず居なくなったこと。
最後に見た愛おしい寝顔。
一生忘れないと思う。
あなたの腕枕から離れる時。
体温が消えていく時。
涙を堪えるのに必死だった。
連絡手段も絶ち、一切関わりを無くしました。
きっとあなたは、もぬけの殻になった自宅を見て肩を落としたでしょうね。
血眼になって捜したかも知れない。
泊まった部屋の座敷机に置いた一筆の手紙。
(さようなら)の一言。
そんなんじゃ絶対納得しないってわかっているけど、足掻くだけ足掻いて再びこの手紙に目を通した時にわかってもらえると勝手に願いながら。
あれほど暖かな揺るぎない想いに蓋をして、捨てる事を選んだ。
理解されなくても良い。
何もかも捨ててひとりになって一から出直すって決めたの。
その際、神楽坂の姓は捨てた。
遺言に背いた形にはなったがそれは、私自身が強く願った事。
だから父も納得してくれると思う。
離縁した事でこんなにも肩の荷が下りて楽になったのは初めてだ。
異国の地で私を知る者は誰ひとり居ない。
一番安いホテルを転々としながら公園や路上で書道を披露したり売り歩いたりしていた。
色んな太さの筆に思いのほか子供たちのウケが良く、いつもすぐに子供たちに囲まれてしまっていた。
それを見た他の画家さんから声を掛けられ、絵画教室の隣で書道を子供たちに教えてくれないかという内容だった。
師範の資格は持っているのでこれも縁だと快諾した。
有り難いことに寂しさも紛れるほど目まぐるしく日々は過ぎていく。
外国人である私に最初から優しく接してくれていたエレンとデューク。
彼らはもうじき結婚する画家カップルで、路上で書いた私の字に一目惚れしたと言ってくれた。
夫婦で絵画教室を開く夢を持っていて、その夢に一緒に乗っからせて貰い非常に恐縮だが心底助かった。