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冬のニオイ

第3章 サヨナラのあとで

【翔side】

智君の存在を認識して俺が一番最初にしたまともな行動は、ぶっさんに連絡を取ることだった。



ひとしきり泣いた後の俺をもしも見ていた人が居たなら、きっと、あまりの挙動不審ぶりに本気で引いたと思う。

とにかく智君に会わなければ、と思って立ち上がり。
ホテルへ戻ろうとして、さっき脱いだばかりのスーツにまた着替えて。

この季節、俺がコートを持ち帰ってしまったから智君は震えているかもしれない、と、そればかりが気になった。

後から考えれば完全にぶっ飛んでる思考なのだが、多分最後に会った時に智君を一人店に置き去りにしたことが、俺の中では何としても償わなければならない過ちになっているからなのだろう。



出掛ける時の習慣で洗面所で顔を洗い歯を磨きながら、移動手段を頭の中でシュミレーションする。

11:11

洗面台に置いてある時計が目に入った。

人間、パニックになると時計も読めなくなるらしい。
数字を睨みつけるようにして歯を磨きながら、ゆっくりとその意味するところに気がついていく。

じゅういちじ、じゅういっぷん……。

パーティーは夕方6時から始まった筈なのに、時計が狂ってる、と思った。
まだ針は動いているけれど、電池切れが近いのだろう。

じゅういちじ……。

口から歯ブラシを出して、空いてる手で時計を目の高さまで持ち上げた。
頭の中で数字を何度も反芻して、長針が15分を指した時。

「11時って、23時か?」

ようやく、今が深夜であることに気がついた。
そうしてやっと、戻ったところで智君はもうホテルには居ないだろうと思い至る。

「あああ~~……」

あまりのことに力が抜けてしまい、洗面台の縁に手をついてその場にしゃがみ込んだ。

願わくば、智君が俺のコートを代わりに着ていてくれたら、少なくとも風邪を引かせずに済むかもしれないけど……。

俺は大きな溜息を一つ吐いてから、口をすすいでぶっさんに電話を架けた。



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