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冬のニオイ

第3章 サヨナラのあとで

【翔side】

写真が掲示されてからしばらくして出回った音声が、頭にこびりついて離れなくて。

乱れた息遣いとヒワイな言葉のやり取り。
酔ったあの人に特有の舌足らずな口調で、俺しか知らない筈の甘い吐息が、誰だか分からない男に対して快楽を強請ってた。

「しょおくん……。
オイラのこと、なんか怒ってるの……?
オイラが何かしたなら言って……?」

俺は答えることが出来なくて、溜息を吐いてから智君に背中を向けた。

「……もういいよ。
俺、明日早いから寝る」

「……うん……おやすみ……」

返事も出来ずに寝たふりをして。
背中で智君の不規則な息遣いを聴いてた。
きっと、泣いてることが俺にバレないように、息を止めてはそっと吸い込んでたんだ。
はぁ、と吐き出す音だけが小さく耳に届いてた。

それが、あの人と過ごした最後の夜だ。
2007年の11月26日。

そして。
次に会ったのが、真相を聞き出すつもりで俺から智君を呼び出した時。
顔を見たのはその日が最後。
俺達は結果的に、別れた、ってことになった。



手の中で氷がまた音を立てる。
ぶっさんは黙ったままで俺が結論を出すのを待ってた。

「とにかくコートは返そうと思う。
明日、もう今日か。
ホテルに行ってくるよ」

「……そうか」

「今のあの人が一人で居るかどうかもわかんないし、幸せに暮らしてるなら波風を立てたくない。
動揺させてしまうことは間違いないから」

「そうだなぁ」

ぶっさんはグラスに残ってたウイスキーを飲み干すと、手酌でまた上から注ぐ。
俺の方にも。

「あいつ、俺が話しかけたら、幽霊でも見たような顔をしてたよ。
元気か? って言っただけなんだけどな」

「……そう」

「俺の名刺を渡して、今、お前と一緒に仕事してる、って言ったんだ」

それで? って。
訊きたいけど訊けずに、ぶっさんを見上げた。

「主催者とどういう関係なのか訊いて、今なんの仕事してるんだ? って。
名刺くれよ、って言ったら逃げられた」

「……そうなんだ」

「あいつ、ボーッとしてるようで繊細だろ?
後からそれを思い出して、失敗したなぁ、と思ったんだけど……。
悪いな、役に立たなくて」

俺は黙って首を振った。

過去からやってきた亡霊。
それが今の俺だ。

俺はあの人に、会わない方がいいのかもしれない。


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