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冬のニオイ

第4章 The day after 10years

【翔side】

翌日は意外に早く目が覚めて。
リビングのソファで鼾をかいてるぶっさんをそのままに、俺は一人で昨日パーティーがあったホテルへ向かった。

手提げになってる大きめの紙袋に、智君のコートを入れる。
あの人を抱きしめることは、この先もうないかもしれない。
きっと、ないだろう、と思って、最後にコートをギュッと胸に抱いた。

懐かしい、あの人のニオイ。

このまま返さないで手元に置きたい気もしたけど、寒がりなあの人が困るかもしれないし。
やはり返すべきだろう。



どうして。
どうして、まだ持っててくれたんだろう。

スタンダードなデザインではあるけど、どう見たってもう流行遅れだ。
昔の物だから、今時の商品に比べたら、機能的にもそんなに温かいわけでもないのに。

貴方の心の中に、まだ俺は居る?

「智君……」

ぶっさんから逃げたってことは、やっぱり憎まれてるのかも。

いや、どうなんだろう。

俺だって、予想もしない場所であの人に会ったら、どうしていいかわからずに隠れたかもしれない。

この10年、もしもまた会えたなら、って何度も想像したけど、実際にあの人の前に立てたとして、平静で居ることは恐らく俺には出来ない。

笑顔が見たいと望んできたけど、自分自身はあの人の前で笑える気がしなかった。
謝りたいと強く願って……けど、今更だ。
智君にとってはとっくに過去のことかもしれないから。

そんな昔のこと気にしなくていいのに、なんてさ。
簡単に、何事もなかったみたいに笑顔で返されてしまったらむしろ辛い。
まして迷惑そうな顔をされたら。



そんなことを考えているうちに、電車が目的の駅に着いた。

日曜の午前中、街は空いてて、乾いた空気と尖り始めた晩秋の冷たい風が気持ち良かった。
敢えてホテルの最寄り駅より一つ前で地下鉄を降りて歩く。

一先ずモーニングをやっているカフェに入った。
ホテルへ行く道の途中に大きな本屋があって、カフェが併設されてる。
ちょっとした文具なんかも売っていた。

悩んだ末に、なるべくシンプルな便箋と封筒を買って、カフェで一筆書く。

大仰だとは思ったが、仕方がない。
智君の連絡先は、恐らく調べようと思えば調べられる筈だけど。
今日のところは日曜日だし、あの人が驚かないように、ワンクッション置いた方がいいだろうと判断した。


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