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冬のニオイ

第7章 Cry for you

【智side】

潤と泊った翌日、ホテルを出たのはもう昼近くになってからで、その時にオイラのコートが無いことがわかった。

スーツのポケットにパーティーでクロークに預けた時の番号札が残ってて、多分そのままだと思うから自分で取りに行くよ、って言ったんだけど。
風邪を引くから駄目だ、すぐに取りに行こう、って潤がきかなくて。

逃がしてくれそうもないし、仕方なく二人で一緒にパーティーがあったホテルへ行った。



ポカポカと暖かい陽気で歩いても平気だったのに、潤はタクシーを拾ってくれて。
ホテルを出てすぐのところにあったカフェで温かいコーヒーを買って、タクシーの中でそれを飲んだ。
カフェでテイクアウトしてからタクシーに乗る、って発想が、何だかとても松本君らしいと思った。

オイラなんて元々が大工上がりだから、現場への差し入れもいつも缶コーヒーと菓子パンとかだし。基本、家と会社の往復でカフェなんてあまり入らない。
やっぱり図面屋と違って、営業さんはいろいろとお店とか知ってるんだろうな、とか思って。

話も達者じゃないといけないし、オイラにはとても無理だなぁ、なんて考えてた。



今動いてる現場も年内に全棟引き渡しが完了する。
次の分譲は年明けすぐに動くけど、松本君が担当の予定。
つまり、この先も彼と顔を合わせる機会は多い。

ウチの会社は仕事の9割が松本君が勤めてる会社からの下請けだし、問題を起こすわけには行かない。
オイラは内心、自分のやらかしたことに頭を抱えたいような気持だった。



この年になって、ある意味人生を悟ったというか……。

オイラには将来のビジョン? 的なものは何もなかったし、毎日ただ静かに、波風が立たず平穏であってくれたらそれで良かった。

自分一人の面倒だけなら何とかみられるし、特定の相手を持つ気も全然無かったのに。
今更、色っぽい話が自分に降りかかって来るなんて。

何かしら理由をつけて松本君のことも遠ざけてしまえば良かったんだろうけど、突き放せなかったのは何故なんだろう。

きっと、あんな風に言われてしまったからだ。
ずっと好きだった、って。

だけど……誰かを本気で好きになって苦しい想いを味わうのは、今のオイラにはちょっと無理。
身が持たないって言うか。
あんな想いは、もうしたくない。


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