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冬のニオイ

第8章 Come back to me

【潤side】

19時きっかりに販売所を閉めて、大野さんの会社へ向かった。
あそこは社長がいつも19時頃まで居るから、大野さんも付き合って残ってる筈だ。
そう思って車を飛ばす。

到着するとやはり大野さんは一人でドラフターに向かってた。

「お世話様でーす」

入り口で声を掛けて入ったけど、図面に集中してるのか、こちらには気付かない。
どこのだろう、と覗き込んだら、ウチで発注した物件ではなく在来の三階建てだった。
今時木造の三階建て、ってかなり珍しいなと思って、背後からしげしげと眺めていると大野さんから声がかかる。

「お疲れ。早いね、もうそんな時間?」

振り向きもしないで淡々と言われた。
あっさりしたもんだけど、これがこの人の優しさだ。

「やっぱり待っててくれたんですね」

「待ってないよ。
たまたま仕上げてしまいたい図面があっただけ」

嬉しくて顔が笑ってしまう。
ん~、と両腕を上げて伸びをした背中に、後ろから抱きついた。
日中、販売所に来てくれた時から、触れたくて仕方なかったんだ。
相変わらず良い匂いで、そそられる。

「智……」

会社で名前を呼んだら叱られるのはわかってたけど、周りに人が居ない時には、あえて名前で呼ぶようにしてる。

「…………」

大野さんは黙ったままだったけど、上に伸ばした手を下ろしながら俺の頭を探して、ぽんぽん、ってしてくれた。

珍しい。

あれ以来、この人とそういうことはしてないけど。二人きりの時はどうしても触れたくて、肩とか背中とか、さりげなく躰に触れてきた。

なんかエロおやじみたいだな、と自分でも呆れたけど、少しは俺の存在に慣れてきてくれた、ってことなのかな。
期待しても、いい?

「オイラ腹減った。近場にしようよ」

「いいですよ。隣にしますか?」

「うん」

隣のビルに日本酒メインの小料理屋があって、これまでにも何度か一緒に行っていた。
そこで出している宮城の地酒が大野さんのお気に入り。

背の高いスツールから立ち上がった大野さんを、今度は正面から抱きしめる。

「潤」

「ちょっとだけ」

言葉では注意されるけど、この人は基本的に優しいから、相手に恥をかかせるようなことはしない。
嫌がって身をよじったり、押し戻されることが無いのを知ってる。


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