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冬のニオイ

第9章 Are You Happy?

【潤side】

準備が出来たと店から声が掛かって中に入る。
カウンター奥に空席があった。
丁度ドン突きの、入口から一番遠い壁際に大野さんを座らせる。

おでんの匂いと湯気が満ちてる店内は魚料理が売り。
智は魚が好きだから、何か良いのが入ってるといいな、と思いながら、カウンター前の冷ケースを眺めた。

「今日のオススメって何ですか?
あ、禅でいいんだよね?」

大将に話しかけてから智に視線を向けると、何だか妙に強張った顔をしてる。
外で結構待ったから冷えちゃったかな。

「俺、ウーロン茶」

「えっ、嘘でしょ? ほんとに飲まないの?
もしかして調子悪い?」

「いや、調子は悪くない、けど。
酔わないで話したいかな、って」

温かいおしぼりで手を拭きながら俯き加減に答える姿を見て、思わず身構えた。
もしかして何か真剣な話をするつもり?
例えば俺への返事とか。

頭の中をいろんな考えが廻る。
昼間会った時にも断られそうな雰囲気だった。
良い返事じゃないかもしれない。
そんな気がした。

「え~俺一人で飲むの?
体調が悪くないなら、最初の一杯だけでも付き合おうよ」

努めて明るい声を出す。

「ん~」

迷ってるね。
もう一押し。

顔の前で両手を合わせて見せる。

「お願い」

もしも恋人関係になることを断られても、俺は簡単には諦めないぞ。

心の中の不安に言い聞かせながら、手の形はそのままに頭を下げて、下から見つめた。

「……仕方ないなぁ」

「やった!
大将、禅を温燗で」

「あ、俺は日本酒じゃなくて」

「あいよ! 禅、温燗ね!
今日はナメタガレイがありますよ!」

別の飲み物を注文しようとした智の声と、大将の威勢の良い声が重なる。

「あ、はい。じゃぁソレ、頂きます」

智は小さく笑顔を作って大将に言った。
この人はいつもこうして自分を抑えて相手を受け入れる。
誰のことも傷つけないんだ。

「ごめん、先走った」

小声で言ったら、俺にも笑いかけてくれた。
気にしなくていいよ、って、気持ちが伝わってきて、俺はまた惚れ直す。

耳元に唇を寄せて、智にだけ聞こえるように小声でアリガトって言った。
智は一瞬ビクッと躰をすくめてから、チロッと俺を睨む。

そんな顔をしても可愛いだけだよ。


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