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冬のニオイ

第9章 Are You Happy?

【智side】

オイラはタツオミ君の真っ直ぐな視線から逃げられなくて、二人の声だけを聴いてる。
潤は突然の出来事にわけがわからなくて怒ってるみたいだし、キタムラさんは堂々としてる人なのに、今はかなり焦って戸惑っているように思えた。

「タツオミ様、あとはキタムラが。
もう御屋敷にお戻りください。
子供が出歩く時間ではございません。
車の中で待っているというお約束だったでしょう。
大野さんもお困りでいらっしゃいます」

聞こえているのか、いないのか。
タツオミ君は耳に付けていた補聴器らしきものを自ら外してしまうとポケットにしまって。
それから、しゃがんでるオイラとの距離を詰めた。
肩から子供の腕が回されて、頭を抱かれる。

「え?」

ビックリして固まるオイラ。

「さとしくん」

「おいっ、子供だからっていい加減にしろよ」

「潤、だめ」

「タツオミ様、いけません」

我慢できなくなったらしい潤の声に、キタムラさんの声が続いた。
問答無用に子供をオイラから引きはがして、抱きかかえる。

「はなせっ」

暴れる子供を片手で押さえながら、キタムラさんは器用に上着から名刺ケースを取り出して、一枚オイラに差し出した。

「大野様、申し訳ございません。
ぼっちゃんは病み上がりで、まだ本調子ではありません。
今日のところはこれで失礼いたします。
改めてご連絡させてください」

「えっ?」

「お連れの方も、どうか失礼をお許しください。
重ね重ね、申し訳ございません」

早口に言ったかと思うと、運転手さんに命じて店の前に駐まっていた立派な車のドアを開けさせた。

「まって、はなしてっ。
さとしくんっ。
さとしくんっ!」

子供の声を呆然と聴いているうちに車のドアが閉まって、ゆっくりと走り出す。

「は?」

隣で潤が呆れたように言いながら、オイラを立たせてくれた。

「え、何あれ? は? どういうこと?」

オイラも正直、何が起こったのか理解できなかった。

困ってることは無いか、って。
幸せか、って。
思いつめた感じに質問された。
頬に触れた湿った指の感触が残ってる。

潤を見て恋人なのか、とも訊かれた。
普通、男同士に対して言わないよな?

「ううっ、寒い。
智、風邪引くから中で飲み直そう」

「うん……」

釈然としないまま肩を抱かれて、二人で店に戻った。


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