甘い蜜は今日もどこかで
第1章 【本当は嫌なのに】
「今日は楽しかったです、デートしてくれてありがとう、また指名しても良いですか」
「はい、こちらこそ楽しかったです、宜しくお願いします」
指定の時間、私はクライアントの彼女になりきる。
どんな容姿でも受け入れて、楽しませて、恋愛観に浸ってもらう。
絶対に手抜きはしない。
仕事となると完璧主義なので。
「アキちゃん、また」と手を振るクライアントに対して見えなくなるまで手を振り返し見送る。
アキとはレンタル彼女している時の名前だ。
静かに傍で停車する車。
後部座席に乗り込むと「椿さん、お疲れさまです」と運転手のジロウが優しい笑みで声を掛けてきてくれる。
人懐っこくて犬みたいで可愛いんだ、これが。
この会社に入ってからずっと私の身の回りやスケジュール管理をしてくれていてマネージャーみたいなものだ。
すぐさま車内用カーテンで運転席と遮断すると着替え始める。
次の現場に到着するまでに着替えておくのは当たり前のことだ。
着替え終わると見計らったように電話がかかってくる。
社長の吉原さんからだ。
「吉原さーん、もうレンカノは受けないって言ったじゃないですかぁ~」
__あら、椿おつかれ!そんなこと言ってた?でもあんたの写真見て続々と予約入っちゃってんのよね~悪い相手じゃないから一回だけ会ってみて?
「それ派遣の業務外ですよ、私は普通の接客業で充分です」
__レンカノも立派な接客業よ、早速今のクライアントから高評価頂いてるしリピーター確定ね、椿様々〜!
ダメだ、社長と張り合っても勝てる気がしない。
お世話になってる手前、これ以上強くも出れない。
「写真、絶対にボカシ入れててくださいね?」
__オケオケ!次も頑張ってね〜!
これだけ見たらかなり軽い人というイメージがつくだろうが、実際は仕事の鬼だ。
やり手女社長だって本気で思うし、色んな手腕をこの目で見てきた。
初対面の時は何だか胡散臭い気もしてなかなか受け入れられなかったが、一年かけて「私の会社で働かないか」と口説かれ続け心が動いてしまった。