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どこまでも玩具

第12章 晒された命


 彼が貴方に殺意を抱いたように、私もいつかは狂うのでしょう。
 そう思うと、随分空っぽで。
「雅のことが、好きなのね」
 弦宮は穏やかな声で言った。
 問うようにではなく、確かめるように。
 だから有紗も素直に頷いた。
「アナタは……」
 カチカチ。
 時計が鳴る。
「どこに惹かれたの?」
「へ?」
 ハンカチを握り締めてキョトンとする少女が可愛らしく思えた。
 彼女は自分が雅に出会った時よりも若いのだな、と実感して。
「私はね――」
 私はね。
 あの眼が最初だったわ。
 小学生の癖して、嫌に醒めきっていた。
 遊具ではしゃぐことも、絵本に夢中になることもなく、いつも施設のカレンダーを眺めて、裏の菜園に座っていた。
 世界の写真は大好きだったわね。
 建物より、渓谷とか。
 自然が好きで、飼育も手伝ってくれた。
 中学に入ると、突然大人びてきて、近寄りがたくなった。
 その雰囲気に目を奪われるの。
 長い髪に隠れた顔の下では、本当の思いはわからない。
 同年代から浮いていた。
 この頃から喧嘩が耐えなくなっていたのよね。
 高校では怪我が消えた。
 喧嘩がなくなった訳ではなくて、無傷で勝つようになってしまった。
 止めるべきだったかもしれない。
 でも私はね、拳を振るう雅も好きだったから出来なかった。
「……弦宮さんは、先生とはどういうご関係ですか?」
 遠い目をして、彼女は答えた。
「母、かしら。母以上の存在にはなれなかった存在よ」
「そうですか。私は、生徒以上にはなれなかった存在ですよ」
 えへへと笑いながら泣く有紗を弦宮は抱き締めた。
 わんわん泣いてもいい。
 女は泣く生き物なのだから。
「せんせは……っ、瑞希が好きなんです……う……私なんて適わないくらいに、好きなんです!」
 何を云ったら慰めになるんだろう。
 きっとなにもない。
「せんせは……先生辞めたり、しないですよねっ」
 弦宮は手に力を入れて、それから玄関を向いた。
 低い声で、囁く。
「辞めたりなんか、させないわ」
 雅は幸せものね。
 こんなに愛してくれる人がいて。
 それから不幸ものね。
 こんなに愛してくれる人を選べないなんて。
 そんなことより、私は随分滑稽な生き物ね。
 時刻は十時。
 まだ、帰って来ないつもり。
 雅。

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