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どこまでも玩具

第12章 晒された命


 寒気がする。
 紅乃木父の目を思い出す。
「理由は?」
「出来たら言いたくないんだけど……」
「なんで?」
「だって西は……」
「なに?」
 これは言うべきだろうか。
 いや、言わなきゃ、多分流れは変えられない。
 この空気に耐えられない。
 口が重い。
「なに?」
 雅樹は静かに繰り返した。
「裁判なんてやる気はないんだろ」
「……は?」
 俺は椅子を引き、立ち上がった。
「実は、副本を読ませてもらったんだ」
 雅樹が黙る。
 目が泳いでいる。
 その右手が震えながら胸元を漂う。
「あの内容に、どこに俺が必要になる?」
 ピタリと手が何かを押さえる。
「西。お前は一人で戦うんだろ。俺は先生に虐待なんてされてないし、証言も証拠もない。むしろ邪魔なだけ。俺に何して……いや、類沢先生をどうしたいの?」
「ははははっ。面白いな、お前」
 いきなり轟いた笑いは朝日すら眩ませる狂気が滲んでいた。
 ああ、やはり俺の勘は間違っていなかった。
「どうしたいと思う?」
 ここで答えたらどうなるんだろう。
―決断の時が来てるよ―
「さあ。ただ俺は……」
「協力してくれるか?」
 ガンッ。
 ビクリと肩が震えた。
 机に刺さったものを見て、目を見開く。
「俺はさ……必死なんだよね。余裕ないくらい」
 クッと手首を曲げ、それを抜き取り切っ先を唇に這わせた。
 今にも肉を突き刺しそうな刃に鳥肌が立つ。
 だが雅樹は気にも留めず、冷めた目で俺を見つめた。
「協力、してくれるか?」
「……何を?」
 雅樹は歪んだ笑みを浮かべ、俺の肩を掴んで二階に引っ張り上げた。
 部屋のドアを蹴り開け、ベッドに投げ飛ばす。
 先生でもこんな乱暴なマネはしないんだけど……
 雅樹はバラバラっと音を立てて釘を撒いた。
 一瞬で、部屋が異様な空気に包まれる。
「なに……して」
「なぁ、宮内。本題に入ろうか」
 俺は身も起こせずに、雅樹を目で追った。
 ジャンパーの中から小さなボトルを取り出し、手の中で転がす。
「雅先生は先生の資格があると思うか?」
「え……」
 そんなの答えは一つだ。
 ない。
 ハッキリ言わせてもらいたい。
 教師を辞めて欲しくないのと、教師が向いていると思うのは違う。
 だが、俺は刺激しないよう口を結んだ。

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