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どこまでも玩具

第12章 晒された命

「睡眠薬は、なんで飲ませたの」
 雅樹が黙る。
 カタカタと震えたまま。
 さっきまでとは別人だ。
 類沢は少し語気を強めた。
「お前が飲ませたせいで、手術が成功しても……脳に後遺症が残るらしいよ」
「えっ」
 身を起こした雅樹の顔が、クシャクシャになる。
 枯れない涙を何度も拭う。
「なんで飲ませたの」
「自分から飲んだんですっ!」
 余韻が空気に漂う。
「お前、ナニ言ってんの」
「本当です。俺からボトルを奪って、自分から……あ……」
 雅樹がある事実にたどり着いたように固まる。
「だから……動けたんだ」
「なんの話?」
「絶対に、飲み干したら一日は動けない量だったんです。なのに……あのとき動けたのは……飲むフリをしたから」
 わざと飲むフリを?
 なんのために。
 思考がある光に向かい走る。
 なら、瑞希の意識はあったのか。
 あの会話の間。
 雅樹が手を上げる瞬間を待って。
 何時間経ったんだろう。
 雅樹がズルリと壁にもたれたまま倒れる。
 何本もの涙の跡。
 やっと、気づいたか。
 雅樹。
 自分に。
 類沢は額を押さえ、目を瞑った。
 眠気はなかった。
 ただ、霞がかる視界は、自分もおかしくなりつつあるのを示していた。
 幼い頃の感覚と、同じように。
 同級生が殴りかかって来た瞬間。
 瀬々晃の背中を踏みつけた瞬間。
 紅乃木父の玄関に入った瞬間。
 頭のどこかで、何かが消える。
 今にもそれが消えかかっていた。
 自制が効かなくなる警告。
 冷たい手で、携帯を見る。
 午前四時。
 発信ボタンを押し、無言で待つ。
 廊下の向こうの硝子越しは、まだ暗い。
「もしもし」
「やっぱり今日は帰ってくれないかな」
「雅……」
「もし、今のまま帰ったら……見境無く殺してしまうかもしれない」
 ドクドクと。
 携帯を握る手から、獰猛に駆ける血の振動が伝わってくる。
 通話を切って、暫くそれを手の中に包んでいた。
 壊さぬように。
 崩さぬように。
 ガチャン。
 全神経が目覚める。
 顔を上げると、手術室の扉が開くところだった。
 血まみれの服と、手袋。
 執刀医らしい男が、マスクを外して会釈する。
 彼の後ろの室内は嫌に白い光で満ちていた。
「宮内瑞希さんの……」
「教師です。養護教諭をしています類沢雅と申します」

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