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どこまでも玩具

第12章 晒された命

 雅樹がしがみつく。
「意味わかんないですよもう!」
 大きな泣き声を聞いていると、ナニかがこみ上げてきた。
 その感情の名前を僕は知らない。
 だから、涙が頬に伝うのも気づかないフリをした。

 疲れ果てた雅樹が寝室で眠っている間に掃除を済ませる。
 割れたものはゴミ袋にまとめた。
 棚は修理できるだろう。
 ソファも縫えば、そう不便はない。
 元々強度の弱いものは買わない。
 テーブルも縁が欠けた程度。
 綺麗になった部屋からは、余分なものが消えた清々しさがあった。
 時計を確認する。
 九時。
 すぐにコートを羽織り、病院に走った。

 病室のドアを開けると、真っ白な空間に踏み入れるのが躊躇われた。
 布団の中で、静かに息をする瑞希。
 ただ眠っているように見えるが、体のあちこちから伸びる管がそれを否定する。
 類沢は椅子を引き寄せ、そばに座った。
 穏やかな顔をしている。
 一昨日の寝顔となんら変わりない。
 声を掛ければ起きるんじゃないかと錯覚してしまうほど。
「瑞希、おはよう」
 言葉は虚しく壁にぶつかるだけ。
 その唇が動くことはなかった。
 コンコン。
 医者が現れ、廊下に促す。
 昨日の執刀医だ。
 白衣を纏うとまた雰囲気が違う。
「類沢先生、でしたか」
「名前でいいですよ。教職無くなるかもしれないので」
「え?」
「ああ。いえ」
 医師が言いづらそうに話し出す。
「実はですね、昨日レントゲンを撮り、脳を調べたところによると……」
「何か影でも?」
「内出血の類は写らなかったのですが、記憶を司る器官の異常が報告されまして」
 健忘症。
「原因としては、心拍が停止した際に血液が行き届かなかったことかと」
 別称は、記憶喪失。
「確実に……なってるんですか」
 医師が頭を掻き、曖昧に答える。
「意識が戻らない分には、なんとも言えません」

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