あの店に彼がいるそうです
第7章 どちらかなんて選べない
雨の中だと影も光も輪郭を手放す。
俺は雑踏に目を向けながらぼんやり思った。
靴は水に飲みこまれて、おいて行かれそうになるのを必死で体を追いかける。
パシャパシャと。
眩しくもなく、暗くもない空間を、半開きの目が漂う。
雨は好き。
けど、怖い。
いろんなものを麻痺させてしまうから。
「風邪ひくよ」
「……類沢さんこそ」
俺はやってきた人物に顔を上げた。
濡れて色の変わったコートを羽織る、類沢がいた。
家に入り、タオルを渡される。
肌に張り付いた衣服が不快だ。
「先に帰っても良かったのに」
「合鍵ないですから」
「じゃあ、いる?」
玄関の戸棚の上から、十字架のついた鍵を持ち上げる。
俺はそれを数秒見つめて首を振った。
「河南ちゃんの鍵は持ってるの?」
からかうように尋ねる。
「財布に入ってます」
今の今まで忘れていたけど。
そうだ。
俺は河南の家になんで行かないんだろう。
別に逃げ込むってわけじゃないけど、なぜか気が引けた。
「夕飯にしようか」
濡れたシャツを取り換え、キッチンに立つ類沢。
俺はどうして、河南の家には行けないくせに、ここではのんびり暮らせるんだろう。
いや、違う。
なんでこんなことを考えるんだろう。
そっちの方がわからない。
俺はここから逃げたいのか。
俺はここから出て行きたいのか。
油の爆ぜる音。
俺がここにいる理由って?
類沢は言った。
-借金を返すためだよ-
だったらほかの誰かに頼み込むことだってできる。
羽生兄弟のアパートとか。
あれ。
どこに住んでるんだろう。
アカだって。
たぶん一人暮らしだ。
千夏もそうだ。
流石にチーフには無理だとしても、ほかに選択肢はいくらだってあるんだ。
急に世界が圧迫してくる息苦しさに襲われる。
トンと壁にもたれ、そのまま崩れる。
キッチンの音が止まった。
考えすぎて、いやになる。
でも考えずにはいられない。
だって、もうすぐ本当に壊れてしまう。
「大丈夫? 瑞希」
眼を開けば、また体が熱くなる。
この葛藤から解放されるには、俺はどちらを選んだらいいんだろう。
俺は雑踏に目を向けながらぼんやり思った。
靴は水に飲みこまれて、おいて行かれそうになるのを必死で体を追いかける。
パシャパシャと。
眩しくもなく、暗くもない空間を、半開きの目が漂う。
雨は好き。
けど、怖い。
いろんなものを麻痺させてしまうから。
「風邪ひくよ」
「……類沢さんこそ」
俺はやってきた人物に顔を上げた。
濡れて色の変わったコートを羽織る、類沢がいた。
家に入り、タオルを渡される。
肌に張り付いた衣服が不快だ。
「先に帰っても良かったのに」
「合鍵ないですから」
「じゃあ、いる?」
玄関の戸棚の上から、十字架のついた鍵を持ち上げる。
俺はそれを数秒見つめて首を振った。
「河南ちゃんの鍵は持ってるの?」
からかうように尋ねる。
「財布に入ってます」
今の今まで忘れていたけど。
そうだ。
俺は河南の家になんで行かないんだろう。
別に逃げ込むってわけじゃないけど、なぜか気が引けた。
「夕飯にしようか」
濡れたシャツを取り換え、キッチンに立つ類沢。
俺はどうして、河南の家には行けないくせに、ここではのんびり暮らせるんだろう。
いや、違う。
なんでこんなことを考えるんだろう。
そっちの方がわからない。
俺はここから逃げたいのか。
俺はここから出て行きたいのか。
油の爆ぜる音。
俺がここにいる理由って?
類沢は言った。
-借金を返すためだよ-
だったらほかの誰かに頼み込むことだってできる。
羽生兄弟のアパートとか。
あれ。
どこに住んでるんだろう。
アカだって。
たぶん一人暮らしだ。
千夏もそうだ。
流石にチーフには無理だとしても、ほかに選択肢はいくらだってあるんだ。
急に世界が圧迫してくる息苦しさに襲われる。
トンと壁にもたれ、そのまま崩れる。
キッチンの音が止まった。
考えすぎて、いやになる。
でも考えずにはいられない。
だって、もうすぐ本当に壊れてしまう。
「大丈夫? 瑞希」
眼を開けば、また体が熱くなる。
この葛藤から解放されるには、俺はどちらを選んだらいいんだろう。