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第2章 誘う


「でもまあ確かに、四十近づくと怖くもなってきちゃいるよ? この私でも」
 二杯目のハイボールを飲み干してからぽつり。
 八条はコールボタンに指を置く。
「怖くなるんですか、九出さんでも」
「男は良いわよ。やっぱりね、元気な子供欲しいじゃない?」
「六十でも生んだ記録ありますから、大丈夫ですよ。相手に原因がなければ」
「なぁによ。人工受精悪いっての?」
「あ、ハイボール一つ追加で。グラス下げてください、どうも。そんなこと言ってませんよ」
 会話の最中にやって来た店員に対応しつつ、九出の方を真っ直ぐに向く。
 鎖骨までの天然癖かかった黒髪。
 白く滑らかな肌。
 そして、職場でも話題になった豊満な胸。
 それほど小柄ではなく百六十五はあるそうだが、その体つきのバランス良さがホールの男性陣を惹き付けてやまないとか。
「九出さん、モテますし」
「胸目的で?」
「見てませんよ」
「見せてませんよ」
 互いに餅の串カツをソースにたっぷりと漬け込んで頬張る。
 もっちゃもっちゃと。
 言い足りない言葉を飲み込んで。
「……で? 八条さんは、どうなの」
「俺に振りますかね」
「この週末何かあったんでしょ。五木も安心しきってたわよ。あいつに新しい相手が出来たのかって」
 衣が妙に喉に突き刺さって咳き込む。
 ハイボールに手を伸ばし、勢い良く傾ける。
「動揺」
「げほっ、いや、何いってんですかマジで」
「アイドルとか普通にボーッと物思いに耽ってた料理人は何条さんかな」
「耽ってました?」
「うん」
 あっさり返されると応じられない。
 今日を思い返す。
 なんだ。
 いつもと違うこと。
 今朝、サンドイッチ、バターライス、一川。
 ああ、彼か。
「誰? 今思い付いたの」
「残念ながら、同性です」
「目覚めたの?」
 今度は鼻から炭酸が吹き零れそうになった。
 急いで口と鼻を塞ぐ。
 危ないところだ。
「……あの、俺、既婚者ですよ」
「何も変なことじゃないわ。後天性のゲイだっていくらでもいるし。なに? どうやって知り合った?」
「何も面白い話じゃないですよ。髪切ったじゃないですか、俺。そこの美容室で相席していた男がうちに泊まったってだけです」
「……っ、目覚めてんじゃん!」
「声がでかいっ!」
「あんたもなっ!」
 数秒真っ赤な顔で息を整える。
 この、人は。

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